ー尾瀬山行録ー
実施日:2005.10.7(金)〜11(火)



メンバー:川上 岳彦(単独)


  10/7(金)

9/14から毎週東京勤務となり、単身赴任状態になった。
10月の3連休は有効活用して、京都からは行きにくい東京を起点とした山へ行こうと思い立ち、R山岳会のTさんにメンバーを募っていただいたが、我が山岳会の唯一の現役であるU氏はこの前に尾瀬へ行ったところであり、同行メンバーはなく、単独行となった。
写真を撮りながらの山行なので、正直、単独行の方がやりやすいと思う。
山行計画をT氏に提出すると贅沢な山行だといわれたが、この年になって夜行電車は辛いので、沼田のホテルに泊まることにした。
19時上野発の特急あかぎを利用して、沼田で1泊することにして、事前に特急券を買いに行ったが、通勤特急でオール自由席であるため、買えなかった。
会社は17時30分に終わるのだが、応援勤務みたいなものだから、自分の思うようにならなくて、ようやく18時に開放された。
あいにく、雨が降り始め、カメラと三脚を肩にして、バッグのコロコロを引きずって大井町へ急いだ。
沼田行きの切符を買おうと思ったら、そこでは近距離区間しか売っていないので、中央口の「みどりの窓口」へ行かないと買えない。
又、荷物をゴロゴロ引きずって、雨の中「みどりの窓口」へ行った。
途中で、携帯電話が鳴ったが、取れる状態ではなかった。
「みどりの窓口」は3連休前で、行列を作っており、結局切符は買わず、イコカ(JR西日本のTCカード)で改札を通った。
改札を抜けてから携帯電話を見ると、家人からの電話であったので、今、大井町で、これから上野に向かうことを告げて、電車に乗った。
上野に着くと、昔に比べて複雑で、乗り場が分らない。
あっち、こっちウロウロしたあげく、駅員を見つけて、特急「あかぎ」の発車ホームを聞いてようやくホームにたどり着いた。(落ち着いて案内表示を見たら、何番線から発車されるか表示されていたが、さっき見たときには「あかぎ」の発車時間は表示されるのに、発車ホームの表示が見えなかった。)
昔の上信越・東北方面行きのホームであった。
ホームの入り口に特急券の自動販売機があり、沼田までの特急券を買った。
すぐに特急「あかぎ」と「草津」が連結して入線して来たので、乗ろうとしたが、行き先が前橋行きと草津口行きで、上越線方面の表示がない。計画は一週間前で、「あかぎ」に乗ることだけを覚えていたので、さてと困った。
「あかぎ」は新前橋で両毛線に入るので、草津口行きが良いだろうと思い、特急「草津」に乗った。
社内放送で、停車駅を案内していたが、「沼田」の案内がない。草津口行きは高崎から、信越線方面に入るのかと思い、慌てて「あかぎ」に乗り換えた。
もう、列車は満員に近かった。
入り口で禁煙車を確認して乗ったつもりであったが、社内は煙でモウモウとしていた。
禁煙はデッキは禁煙ということだったようで、客室は喫煙車であった。
今から車両を変わると、座れなくなるので、ガマンすることにした。
出発時間に余裕があったら、こんなに慌てる事もなく、チャンと行き先も確認して、間違いの無い車両に乗れたのに、新入社員はツライ!(「あかぎ」が沼田に止まるとの思い込みもあるが…)
車掌が検札に来たので、沼田まで特急券を買ったのに、新前橋までしか乗れないのは損だというと、車掌は「草津」で、渋川まで行き、各停に乗り換えて沼田へ行けば、渋川と沼田は特急券は同額であると言いよった。
前の車両(草津)には乗り移れないので、新前橋で一旦ホームに降りて、前に移動して「草津」に乗った。
どうせ、渋川まで行っても、新前橋で乗り換える各駅停車と同じ電車に乗ることになるのだが、特急の方が乗り心地がいいだろうと思い、渋川まで特急で行くことにした。
新前橋を過ぎてまもなく、車内で言い争っている声がした。
どうやら、新前橋から乗ってきた若者が特急券を持っていなかったので、車掌から特急券代を求められて、若者が拒否して、争っているようだ。
わずかな距離だから、特急になんか乗らないで、後の各停で行けばいいのにと思ったが、後で考えると、自分は渋川で降りるので、わずかな距離だが、彼は草津まで行くのかも知れない、そうなら、特急に乗る必要があることに気づいた。
渋川で、特急を下車し、水上行きの各停を待った。
湘南地区のトラブルで八高線が遅れた為、遅れて来た電車に乗って、沼田へ行った。
沼田では「イコカ」は使えず、現金で精算した。(イコカは渋川まで利用可)
ホテルは駅から1つめのバス停の近くと聞いていたので、地図を頼りに、歩くことにした。
雨の中、荷物を引きずって歩いていくと、町はだんだん寂しくなり、心細くなってきて、同じ方向に歩いているお兄さんに聞くと、親切に教えてくれた。
お兄さんに教えられた道を行くと、にぎやかな町が現れ、ホテルに着いた。
ここで、事前に家から送って貰った登山道具を受け取り、代わりに仕事用の荷物を預けた。
天気予報では、この3連休はあまり好天を期待で来そうにない。
いつもの年だったらこの時期、秋雨前線はとっくに南下して、好天が続いているのに、今年は9月は好天が続きで、今ごろ前線が張り付いている。


 10/8(土)

朝一番のバスに乗って、大清水に向かった。
天気はうす曇りで、陽射しもあり、思っていたより良さそうだ。



9時丁度に大清水を出発して、燧ヶ岳へ向かった。
1時間ほど林道を歩くと、市ノ瀬に着き、ここから登山道になる。
尾瀬特有のハシゴ・木道を快適に登り、三平峠下の尾瀬沼山荘で昼食。
例によって、ビールを買い、持ってきたサラミソーセージをつまみに昼食とした。
燧ヶ岳の頂上はガスがかかっている。
11時半に出発すると、まもなく雨が降り始め、ザックにカバーをかけて、傘をさして、歩くことにした。
雨に濡れた木道はすべりやすく、注意しながら歩いたが、少し傾斜しているところで、スリップして、思いっきり転んでしまった。
右手に傘を持っているものだから、貧乏性のせいで、傘をかばったのか、左側に倒れて左手と左腰に打撲傷を負った。
幸い、打撲傷ですんだが、大怪我をするところであった。
その後は、木道の横にスペースがあれば、木道をはずして歩くようにした。
しかし、木道を通らざるを得ないところは、木道を歩くので、途中何回も転んだ。
湿原の木道は必要だが、山道の木道は不要ではないかと思う。
すれ違った女性に「ひょっとしたら、これは土建屋と医師会を儲けさせる為にしているのではないか」と言うとその女性から「やっぱり、談合があるんですねえ」と返ってきた。
それでも、転び慣れたことによって、今では滑っても尻からドスンと落ち、少し脳震盪の心配はあるが、打撲傷は負わなくなった。(ケツ弾力)
ようやく、沼尻に着いたが、時間も遅くなり、雨の中、燧ヶ岳ヘ登る気持ちがなくなった。
沼尻の休憩所で少し休み、尾瀬沼の写真を1カット撮った。



雨の中ではまずまずのものが撮れたのではないかと、期待している。
沼尻から沼尻川を左に、燧ヶ岳をトラバースするように、木道を燧小屋へ向かった。
15時に燧小屋に到着。
今まで山へ行くのに宿泊の予約などしたことは無かったが、今回は秋の3連休の尾瀬なので、事前に予約しておいた。
小屋泊りではあるが、少しの食料と燃料・炊事用具を持って来たので、夕食のみお願いし、朝食は自炊することにした。
早速、ビールとコーラを買って、部屋に行った。
部屋の同宿者は5人で、自分以外は燧ヶ岳を登ってすでに到着していた。
部屋には若者と老人がいて、若者は神戸の住人であると言うので、僕は京都からで、東京に出張して来ていて、連休を利用して来たことを告げると、彼も東京出張の延長であった。
新宿から夜行バスで来て、燧ヶ岳を登って、ここへ来たそうだ。
風呂から戻ってきた老人二人が加わり、5人で雑談。
僕はビールを飲み、持ってきたウイスキーでコークハイを飲みながら山談義をしたり、政治・経済の話など幅広く会話を交わした
風呂から上がってきた老人2人は昨夜浅草発の夜行で来て、燧ヶ岳を登って、ここへ来たそうだ。
尾瀬には何回も来ており、いつもは温泉小屋に泊まるそうだが、満員のため、燧小屋へきたと言っていた。
温泉小屋は良いらしい。
65歳で、いつでも来れるが、夜行電車があるのは休日前のため、電車に合わせて休日に来たそうだ。
今朝、早くから行動しているので、12時過ぎには小屋に着き、雨には殆ど遭わなかったが、頂上ではガスで何も見えなかったという。
自分以外は皆夜行組で、既に燧ヶ岳登頂を終えて、尾瀬ヶ原に来た人たちで、明日は尾瀬ヶ原を通って鳩待峠に下山するそうだ。
そのコースが合理的で一般的である。
しかし、無理せず余裕をもって、山を楽しむのも悪くはないと思う。
17:30から夕食のため、食堂へ
夕食後は、自分以外は夜行組のため、すぐに就寝、18時である。
夜中に目が覚めてトイレに行くと、まだ21時であった。


 10/9(日)

朝5時に起きて、外に出ると、雨が降っていたので、部屋に戻って布団に潜った。
6時にライトが点いたので、天気予報を見ようと思い、談話室へ行って、写真集を見ていたが、夫婦ものが来て、バーナーでお湯を沸かしていたので、自分も炊事用具を持ちだし、朝食とした。
BS放送のため、時間割が違うのか、天気予報は見ることが出来なかった。
部屋に戻ると、他の4人は食事が終わったのか布団を片づけていた。
「この人は連泊だから、このままでいいのだろう」という声が聞こえ、慌てて、部屋に入り、自分の布団を片づけた。
彼らは、今日、鳩待峠から下山するので、挨拶をして別れた。
小屋の人に天気予報を聞くと、好くはないが、回復傾向であるというので、燧ヶ岳へ登ることにして、家に電話し、これから燧ヶ岳へ行くことを伝えた。
雨の中、合羽を着て、6時50分に小屋を出発した。
荷物は小屋に預けて、サブザックにカメラと行動食・水筒・ウインドヤッケを入れて、三脚を担いで、出発した。
荷物の重さは半分ぐらいになり、快調に燧ヶ岳へ向かった。
9時40分に頂上に着いて、荷物を置くと記念写真のシャッターを頼まれ、1グループの写真を撮ると、次々とシャッターを頼まれ、写真屋になったみたいであった。
いいかげんにしてくれと思ったが、全てに応じた。
頂上の表示板の近くに荷物を置いた為である。
それでも、最初のグループのオバサンがみかんをくれて、甘くおいしかった。
ガスで遠くは見えず、自分は一枚も写真を撮らずに下山することにした。
下山にかかって、まもなく一人の老人が前を歩いていた。
稜線から少し降りた辺りで、止まり、上着を脱いでいたので、追い越して先に歩いた。
しばらくすると、追いついて来たので、お先にどうぞと譲ると、ついていくから先に行ってくれと言う。
しかたなく、一緒に下山することにした。
彼は昨日、長蔵小屋に泊り、今朝6時に出発して、燧ヶ岳へ登り、今日は見晴に泊まる予定である。
彼の名は藤田さんで65歳、鎌倉の住人で50歳を過ぎてから近くのハイキングクラブに入って、山に行くようになったそうだ。
三浦半島の里山にこんないいところがあるんだと、再認識し、三浦アルプスとか言って、非常に魅力を感じているようである。
山へ行きはじめると、会社の友、高校時代の同窓会等でハイキングの話題となり、彼が世話役となって、ハイキングをして、みんなから喜ばれているようである。
ただ、雨のハイキングはいやなので、天気が悪いと中止する条件で引き受けているようである。
めったに山に行かない人たちは準備して、楽しみにしているのに、天気の為、日程変更され、仕事の都合で行けなくなることがある為、残念がられているようだが、天気を優先しているようだ。(本人は雨の尾瀬に来ているが、天気予報で天気がよくなると思っていたようだ。)
途中で、足が疲れてきたと言うので、自分が先に行く訳には行かないので、ペースを落として、ゆっくりと下山することにした。
どうせ、二人とも今日は麓の見晴地区の小屋に泊まるので、急ぐことはない。
途中、きのこを見つけ、写真を撮ることにした。



暗くて、シャッタースピードが遅いので、三脚をセットして、撮った。
彼もデジタルカメラで撮ったが、邪魔になるものを、排除していた。
僕は、何カットかを撮ろうと思っていたので、彼の所作は気になったが、手を加えたところをはずしてフレーミングした。
彼が構図を見たいというので、あまり見せたくはなかったが、ファインダーを覗かせた。
写真は俳句と同じで、あれもこれも入れないで、何に感動したか、その感動したものだけを写し、そうでないものはできるだけカットしないといけない。
しかし、ついつい、あれもこれも入れたくなってしまうと、言い訳を言うと、彼はスイスに行ったとき、マッターホルンに朝日が当たり、草原に羊を入れた写真を撮って、3点セットでいい写真であると思ったが、欲張りすぎると言われたと言っていた。
途中、紅葉の写真を撮りながら、小屋に着き、昼食後は彼の案内で、尾瀬湿原の写真を撮りに行くことになった。
小屋に戻って荷物を受け取り、持ってきたジフェーズで昼食とし、ついでに発砲酒を買った。
食後、彼の案内で撮影行に出かけた。
小屋を出て、紅葉の写真を撮ろうとすると、この紅葉はBクラス、ヨッピ橋が良いので、暗くなる前にヨッピ橋へ行く為、急ごうと言う。
そうは言っても、いい紅葉を見つけては撮っておきたいので、急いで三脚を伸ばした。
しかし、湿原のせいか三脚はうまく立たない。
途中何箇所か紅葉の写真を撮ったが、ヨッピ橋に着くと紅葉は全くダメであった。
東電小屋を過ぎ、竜宮へ行く途中、落ち着いて三脚を開くと、一本だけ、ネジが締められていないことに気づいた。
今まで、安定しなかったのは、最初、慌てて三脚を伸ばし、一個所閉め忘れたままであったためである。
今まで不安定な三脚で写真を撮って、ブレていないか心配である。
だいぶ日が暮れたが、竜宮の手前に「池塘」があり、ヒツジグサと池に映った白樺の写真を撮った。
今日の一枚ではないかと思う。



見晴に戻り、藤田さんと別れて、それぞれの宿泊小屋に行った。
藤田さんは明日、至仏山に登って、鳩待峠へ下山する予定だそうだ。
自分も同じであると告げると、何時に出発するのかと聞くので、5時に出発と答えた。


 10/10(月・祝)

朝4時半に起床し、外に出ると、星は見えないが、雨は降っていない。
予定通り、至仏山に登ることにして、5時に出発することにした。
登山靴をはいていると、小屋の人が起きてきたので、天気予報を聞くと、昨日と同じようであるとのことであった。
ヘッドランプを点灯し、山の鼻に向かった。
藤田さんに会うかと思ったが、先に行ったのか、まだなのか、会うことはなかった。
木道の一本道を20分程歩き、竜宮の手前辺りで、前方右側の草原がざわつくので、見ると、熊が走って逃げて行った。
昨日、東電小屋で熊がでるから、「熊避けベル」が設置されていたが、やっぱり熊が出るのだ。
林の中と違って、いきなり出くわすことはないので、大丈夫だったようだ。
草原で、見晴しがきき、こちらはヘッドランプを点けて歩いているので、警戒している熊はすぐに人間を見つけた様だ。
こちらは警戒心もなく、歩いているが、向こうが光に気づいてくれたので、ハチ合わせしなくて良かった。
竜宮を過ぎると、少し明るくなり、昨日ヒツジグサの写真を撮った辺りはカメラマンが10数人いた。
そこを通過して、しばらく歩いた所に池塘があり、カメラマンが一人いたので、指でフレーミングしてみたが、イマイチなので、通り過ごした。
少し行くと、いい構図を創れそうなところがあったので、荷物を降ろし、三脚を開いて写真を撮った。
途中、池塘を見つけては写真を撮りながら、山の鼻を目指した。
山の鼻に近づくとカメラマンが多くなり、そこでも写真を撮った。



山の鼻小屋に着き、ビールを買って、サラミソーセージ等行動食をつまみに朝食とした。
8時に出発して、至仏山の登りについた。
至仏山への登山道は木で作られたハシゴを一歩一歩登る。
平地の木道は快適に歩いて来たが、登りになると荷物の重さで、歩みが遅くなる。
何人かに抜かれながら、マイペースでゆっくりゆっくりと登る。
9時半に中間点の表示があり、コースタイム通りのペースであることに、勇気づけられた。
この辺りからは天気が良ければ尾瀬湿原を俯瞰しながらの登山であると思うが、ガスにまかれて何も見えない。
至仏山は蛇紋岩で出来ている為、標高2000米以上は植物が育たず、森林限界が低く、ハイマツ等低木帯である。
八方尾根も八方池の辺りが高山帯植物なのに、それより上で亜高山植物が現れるが、蛇紋岩のせいだ。
ガスにまかれてはいるが、森林限界が低い為、昨日の燧ヶ岳みたいに樹林帯を登るのではなく、開放感があって、気分は楽である。
しかし、八方尾根と同様、岩は滑りやすくて登りづらい。
下りだったら何回もスリップして転んでいることだろう。
11時に頂上に着いたが、ガスにまかれて、景色は何も無い。
頂上に着くと、愛嬌好く、挨拶をする人物がいる。
藤田さんかと思ったが、そうではなく、先ほど道を譲って、先に行ってもらった老人である。(自分より年上は全て老人)
元気だけど、荷物が軽そうだもんなあー。(負け惜しみ)
至仏山から小至仏山にかけては、標高2200米から2000米であるが、ハイマツの稜線歩きで、下からガスが吹き上げ、まさに3000米級のアルプスの稜線歩きの雰囲気である。
天気が良ければ、尾瀬湿原・燧ヶ岳の眺望がすばらしいものと思う。



悪沢岳を過ぎると樹林帯となり、ハシゴが木道になり、雨になってきたので、雨に濡れた木道はスリップしやすい。
途中、大きな岩の上で休んでいる人がいたので、自分も休憩することにした。
彼は今日、鳩待峠から至仏山を往復しての帰りである。
写真談義となり、カメラをしまいっぱなしにしていたが、フィルムも余っていることだし、雨なりの写真を撮ろうと思うようになった。
少しの斜面で思いっきり転び、木道をはずして、ズボンを泥だらけにしてしまった。
全く、モウ!
木道を作るなら、スリップ止めをつけて欲しい。
途中、雨の木々を撮りながら、鳩待峠に降りた。
鳩待峠着14時。
当初計画より、早く出発したので、早く着いたが、コースタイムより1時間余計かかった。
鳩待峠に着くと、運転手が客待ちで、タムロしていたので、バスの時間を尋ねると、すぐに出るというので、切符売り場を聞いて、切符を買うと、先ほどの運転手から声がかかった。
オジサンの席を準備しておいた。
特等席だといわれ、マイクロバスの助手席を提示された。
オジサンかい、どっちが若いかなあ、事故を起こさんといてやーとか言いながら、荷物を後ろの席に預けてマイクロバスの助手席に乗った。
ここでは、バスとマイクロバスの共通切符を発行し、マイクロバスは人数が揃い次第出発していた。
ここでは、バスとマイクロバスの共通切符を発行し、マイクロバスは人数が揃い次第出発していた。
バスの中からR山岳会のAさんとTさんそれに家人宛無事下山のメールを送信した。
早速、Aさんから、「木道でスリップしたのはケツ断力の無さで、クマッタもんだ」と返事が返ってきた。 当初予定より1時間早く着いた。
ホテルに預けていた荷物を受け取り、みやげを買おうと思って、沼田の特産品を聞いたら、前のビルで物産展をやっているというので、宅急便締め切り時間までに荷物を発送しようと思い、早速登山姿のままで買いに走り、土産を登山用具に同梱して宅急便を発送した。


 10/11(火)

朝6時半にホテルを出て、一番バスで沼田駅に向かった。
沼田から新前橋に出て、特急「あかぎ」で上野へ行く予定であったが、来るときの反省で、高崎から新幹線で東京に出ることにした。
列車は上野着の時間が9時前のためか、通勤者で混雑しており、高崎で新幹線に乗り換え時、大きな荷物を持っていたので、みんなより遅れたため、座ることが出来なく、ようやく大宮で座ることができた。

今回の山行は天気が悪かったが、まずまずであったと思う。
いつもの年だったら、好天気ですばらしい山行が出来たかも知れないが、山はもう一度来いと言うことだろう。
又、時間を作って、来てみたい。
ニッコウキスゲの頃もいいが、小屋が閉まる直前のしずかな尾瀬もいいのではないかと思う。
以上