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赤石岳と荒川三山
日 程:2002年7月25日(木)〜29日(月) メンバー:川上 岳彦(単独) |
| 38年間勤めた会社を退職して、浪人生活中の身であり、若いころから一度行ってみたいと思っていた南
アルプスへ行くことにした。 昔は北アルプスに比べ、アプローチが長く、しかも登山道も整備されていないので、渡渉をしながら沢を遡 行するイメージがあり、仕事に追われて登山日数に限りがあったこともあって、敬遠していた。 しかし、今回は日数はいくらでもあるし、ダムのおかげで道が整備されており、最近は百名山ブームで登 山者も多く、登り易くなっているので、南アルプス全山縦走をしてみたいと思った。 しかし、体力を考えて南アルプス(赤石山脈)の盟主赤石岳を中心に南部へ行くことにした。 この文は、そのときの山日記であるが、山の楽しさ、美しさを感じていただければ幸いです。
7月25日(木) 近鉄奈良6:45発の急行で京都へ、静岡停車の7:50発ヒカリ号は満席で指定席が取れなかったので、自由席乗車のため、ホームに並んだ。 |
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ウールのシャツにセーター・ウインドヤッケと着込んでいた為、上半身は良かったが、下半身はウールではあるが夏用の薄いニッカボッカとストッキングだったので、薄いナイロン布のシュラフカバーでは足が寒くて、あまりよく眠れなかった。 |
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| 7月27日(土) 朝3時頃から時計を見ながら、後30分、もう15分とか思いながら4時前にシュラフから出て、カメラと3脚を持って頂上に向かった。 月光が明るく、星空は目立たなかった。3脚にカメラをセットし終えたころ、ようやく東の空が赤くなりはじめ富士山の左からご来光である。 上空に絹積雲があれば鮮やかな朝焼けになるのに、絹層雲が出ているので、シャキっとしない朝焼けであった。カメラを替えたり、フィルターを替えたりしながら、富士山の朝焼けを撮った。 |
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太陽が上がってくれば悪沢岳始め荒川3山が赤く染まるのを期待したが、雲が邪魔して光が弱く、期待どおり赤くならなかったので、撮影を終えた。 |
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今日は稜線歩きで、荒川中岳避難小屋までの行程なので、写真を撮りながらノンビリ行くことにした。 とは言っても3100米から荒川小屋のある2600米まで降りて、避難小屋のある中岳(3083米)まで登らなくてはならない。 途中、小赤石岳(3081米)を越えたところで写真を撮っていたところ、タクシーで一緒であった夫婦と再会した。 赤石岳を越えて聖まで行くので、無事を祈って見送った。 サワラジマロッジの同室で3時に出発した男性とはまだすれ違わないが、昨日荒川小屋で泊まっておれば、もうすれ違うころだ。 赤石小屋で朝食中にもう行ってしまったのだろうか。 |
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小赤石岳を降りて、チングルマの群生があったので、カメラを構え、向こうの登山道に人が来るのを待った。 待つこと20分。人が来ないのであきらめて人なしの写真を撮り、荒川小屋に向かった。 歩きはじめて10分ぐらいすると、人が来た。もう少し待てば良かった。 荒川小屋でようやく甲府の男性と再会した。 昨日は千枚小屋までしか行けなくて、今朝千枚小屋を出発して来たとのことであった。あの3時出発は何だったのか。 本人は年齢(65歳ぐらい)による体力の衰えを痛感したと言い訳しきり。 |
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ここでビールを買い、持ってきたサラミソーセージとみかんで昼食とした。 |
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7月28日(日) |
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今日、復旧予定であった道路が新たな崩落が発生し、復旧は8月10日頃に延期となった。 予定を変更して三伏峠へ向かうことも考えたが、途中で事故があったら、捜索されないかもしれないので、予定通り悪沢岳に向かった。 帰りはヒッチハイクで行くしかない。 悪沢岳は南アルプス南部の最高峰。 いい眺めだ。富士・赤石・塩見・間の岳がすばらしい。 ここでしばらく休んで、下山についた。途中ライチョウ親子5羽が登山道をヨチヨチ歩いているのをカメラで追いかけている人がいた。 同行の人が、追いかけるから逃げるんだ。止まって撮らないとだめだとどなっていた。 ライチョウと擦れ違って少し行くと、向こうから20人の団体がやってきた。 昨日、千枚小屋に20人の団体が泊っていることを聞いていたので、悪沢岳の登りで遭遇したらどないしょうと思っていたが、ここでよかった。待っていると向こうから行って下さいと言って、道を開けてくれた。 山では転落者以外は登り優先で、下りが待つのがマナーであるが、この人たちは列が長いので譲ってくれたのである。 丸山は名前通り丸い山である。3000米を超える山でこんなに丸い山は珍しいのではないか。 北アルプスではこんな山はないように思う。南は森林限界が高く、雪も少ないせいかなあ。 その昔氷河時代にも影響はなかったのかなあ。 千枚岳で赤石・荒川3山との眺望を見納め、千枚小屋に向かった。 千枚小屋からは富士山の眺望はすばらしいが、あとの山は見えない。 この山域の山小屋は全て富士山が見え、かつ水場のあるところに建てられている。時間は11時過ぎであったので、発泡酒とサラミソーセージで昼食とした。 350ミリ缶ビールと500ミリ発泡酒は同価格なので発泡酒を選んだ。 後から降りてきた人も同じであった。 千枚小屋で泊ると朝富士の写真が撮れるが、足の確保が難しいし、千枚小屋は車で、朝畑薙ダムまで来た人が初日に宿泊する小屋でもあり、混雑し、写真のポイントの取り合いにもなるので、帰宅を優先して、下山することにした。 もう一人は富士山の朝焼けをみるため、泊ることにしたようだ。だらだら坂をどんどん下って、林道に出たので、もう着いた気分になった。 この林道を横切って、しばらく行くと登山道が通行止めになっており、迂回路を通るようになっていた。 その迂回路はどんどん登り、1400米のピークまで登って降り、疲れがどっと出てきた。 今日もヨタヨタしながら最後を締めくくることになってしまった。1400米ピークから沢沿いまで降りると、本来の登山道が崖崩れで通行不能となっていた。 これで1時間ぐらいロスしたようだ。 サワラジマロッジに着いたのが5時頃で、もう夕食の時間であったが、先に風呂に入る了解を得て、風呂に入ってさっぱりした。 大阪から車で来た2人と同部屋となり、明日は温泉に入って、京都まで送ってくれることになった。 2人は畑薙ダムに車を置いて、一人は聖岳、車の持ち主は千枚岳から入山し、赤石岳で合流して、サワラジマに降りてきたそうだ。 車の持ち主はおもいやりのある親切な人物であり、助かった。 自分は大井川鉄道のどこかの駅まで送って貰えればバン万歳と思っていたのに京都まで送ってもらえるのは本当に有り難いと思った。 7月29日(月) 夜中に雷が鳴って、大雨が降り、窓の外に干していた洗濯物を慌てて取り込んだ。 朝5時朝食の案内が放送されたが、一番バスは8時のため、急ぐことはないと、ゆっくりしていた。 5時半に再度案内があり、食堂へ行ったところ、女の人は親切だったが、お兄ちゃん(これが責任者かな?)が「時間を守ってくれないと困る。」と文句を言われた。 たった30分後に来ただけなのにこれはなんだ。 お客様意識はないのか。それもそのハズ、ここは東海フォレストの独占なのだ。この地域一帯は長野・山梨県境まで親会社の東海パルプの所有地で、他の業者は入れないのだ。 一番バスは8時だが、6時半にダムに迎えに行くので、希望者は乗せてくれると放送があった。 それで帰ることにし、一転忙しくなった。 身支度を整え、バス乗り場に行ったところ、昨夜の雨で土砂崩れがあり、道路が塞がれており、土砂を除いているので、出発は遅れるとのことであった。 結局1時間遅れて7時半に出発した。入山時は気付かなかったがすごいところに道路が作られていた。 片側は大井川の渓谷で川底まで100米以上あり片方は沢が滝のように落ちている。 一般車乗り入れ禁止の理由が判ったような気がする。それにしてもダムのおかげで林道が作られ、こうして簡単に山に来れるので、ダムがなかったら、何日もかけて川を遡行しないと登れないように思った。 畑薙第一ダムで大阪の気働き男様のマイカーに乗り換えて温泉を目指した。 ダムから一番近い温泉に行くとまだ早すぎて、営業していなかった。 本川根町の接岨キョウ温泉を目指した。ところがルートを取り違え、静岡市(市街)に向かったようである。(尤もサワラジマも静岡市)山深いところ、道は細いし民家はない。 しかし県道南アルプス線だからとにかく前へ進んだ。行けども、行けども山の中、歩いて道を間違えると引き返すのはいややが、車なら簡単だとかいいながら、進んだ。 ようやく民家のところに出ると郵便配達のおっちゃんと出会った。 道を聞くとあと1時間直進すれば静岡に着くとのことであった。 今更引き返す訳にも行かないので直進することにした。 どうやら右折するべきところ気付かず一本先を右折したため、このルートになったようだ。しばらく行くと「湯ノ島温泉」の表示があり、そこへ行くことにした。 静岡市営の温泉浴場は休憩室もあり、奇麗な温泉で、500円で入浴できた。 またお茶がおいしかった。さすが本場だ。 また食堂では地場の蕎麦粉を使った、天ざるが600円、大盛り700円と安く、しかも手打ちだから、非常にうまかった。 道を間違えて、結果オーライであった。温泉を出て、1号線バイパスを通って掛川から東名高速に入り、京都南のインターで降り竹田駅まで送って戴いた。 新幹線代も助かったのだから、7000円支払う(高速代6600円)と言ったが先方は3人で割った2200円で良いとの事で受け取らず、結局3000円支払って下車した。 世の中には奇特な人もいるもんだ。本当に有り難がたい。 大阪の人よ!ありがとう。竹田から京都に出て、JRで木津まで行き、木津に迎えにきてもらい家に帰った。 今回はいろいろハプニングに遭ったが、楽しい山行であったので、日記風に長々とまとめた。 会社を辞めて2回目の山行であったが、時間に余裕があるため、いろいろな人と話し、交流して、実に意義ある山行であった。 5月下旬に行った1週間の穂高岳登山を思い出す。 昔谷川岳で岩場の先陣争いをしていた群馬の70歳になる登山家との谷川岳の話とか絵の上手な人で八ヶ岳山麓に別荘を持った学校の先生か労働組合の役員らしき人との有事立法・郵政民営化の論戦等懐かしいかぎりだ。 いずれも一期一会、どこの誰かは知りませんが、皆様のご多幸をお祈りします。 以上 |