箕面の山女魚                  
                                初釣りの小さき魚を放しけり

 箕面の滝の上流で十センチほどの見慣れぬ魚を釣ったことがあった。かねてから聞いていた山女魚のようであったが、山女魚はもっと山奥の冷たい川に棲むと聞いていたので不思議に思い、川釣りの先輩Nさんに見てもらうことにした。Nさんは天竜川や吉野川の上流で山女魚を釣った自慢話を再三していたからである。釣り用の布バケツに山女魚らしいその魚を入れてNさんの家を訪ねたのはすでに夕刻であった。

 そのときの話である。Nさんはいつものきれいな標準語で,
 「紛れもなく山女魚だ、別名をアマゴともいうのです」
と鑑定した。
 Nさんという人は、私の興には必ず乗ってくれる人で、そのときも私の興奮をすっかり見抜いてくれていた。
 「山女魚があの川に棲んでいるとは大発見ではないか、ひょっとすると学術的価値があるかもしれない」
とまで大袈裟に言ってくれたのである。
 「それじゃあ食えませんね」と私。
 「もちろん放すべきです」と彼。
 「何処に?」「もちろん釣った川にです」ということになってしまった。 しかしすでに夜半、億劫がっているわたしを視ぬいたNさん、
 「私も一緒に行ってあげよう」
といわれた。目を離すと私が食べかねないと思ったにちがいない。

釣り上げた場所は山女魚が棲んでいるくらいの所だから真っ暗闇。月もなく何処が川やらさっぱりわからない。まごまごしている私に、当時まだ若かったNさんは
「任せなさい、私が放してくる」

 といって、布製バケツを私から受け取ると、川に向かってさっさと降りていった。闇夜に慣れた私の目に、バケツを流れに傾けるNさんがぼんやり見えた。

 私の待つところまで上ってきたNさんは一仕事終えた風情で、水を切るためバケツを地面に向けて思いっきり振りおろした。その時である。ペタンという小さな衝突音とともに、なんと件の山女魚が路上に横たわっているではないか。もちろん即死である。
 たぶん山女魚は、渓流魚の習性どおりバケツの流れに逆らって奥へと逃げ込み、布バケツの弛みの中に残ってしまったのだ。そのときNさんは動きを一瞬止めたが、なんでもなかったように素早く山女魚を手に取ると、闇の中の川に向かって放り投げた。と同時に「元気でな」と一言いって辻褄あわせも忘れなかった。

 遠い昔の話だから、そのあと車の中でどんな話しをしたのか記憶はないが、今でも釣った魚を放すとき必ず思い出すのは、学術的に貴重な箕面の山女魚をNさんが三途の川に放り投げたことである。

 ためしにやってみた。著名な作家のあまり知られていない二十五句の中に、私の迷作二十五句を織り交ぜてタイプし、そのむかし文学青年らしき数人にご覧いただいた。なんと見分け正解率は六十パーセントを下回ったではないか。写真だってやれば多分同じような結果になるだろう。絵は下手くそ、文章なんてとんでもないと言う人たちでも、はじめてみれば何とかなるのが俳句と写真づくりなのだ、と示唆しているようでこの結果は大変興味深い。このためしは、これからも続けたい句づくり、写真づくりの励みのためには、実に嬉しいことだ。

 一句は、句づくりを始めた頃のもので、真っ青な海と、そこで成長した活きのよい、「ホントは見たこともない活きた鰹」をイメージしたものである。なんとすばらしい出来栄えではないか。ン?。もちろんわが暇人ご隠居句会でも選ばれ、先のテストでも私の作とは見破られなかった自己満迷作俳句の一つである。

 私の推論が正しいことは、概ねお分かりいただけると思うが、「俳句も写真も齢を重ねるほどに味が出るもの、下手するとホントに名作が出来てしまうかも」、という自己暗示的推論を励みにしつつ、日がな毎日?精進しているのであります。


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