メルトモのカメトモ               
                               カメムシは早わが靴に冬ごもり

 この句を読み直すと思い出す人がいる。何故かはさておいてこの人とのご縁に触れてみよう。彼女は私が勤めていた会社のはるか後輩である。友達のお友達だったので、あるきっかけで知り合った。そのきっかけの数日あとにみなれぬメールが届いた。差出人はmihoとある。また例のアブナイメールかと思って捨てようとしたが、ひょっとしてと思い開いてみた。やはりMさんからであった。

 この前にお会いしたとき百人一首の話が出ましたね、お詳しそうなのでこの歌の意味を教えてくれませんか」という内容であった。しまった、また格好をつけてしまったかと恥ずかしくなり当惑もしたが、その歌については記憶があったので返信することにした。万葉の東歌「吾が恋はまさかもかなし草枕多胡の入野の奥もかなしも」というもので、むかし読んだ永井路子氏の著書「万葉恋歌」の書き始めの歌なので覚えていた。

 私の思い違いでなければこの歌意は、「私の恋は今もこれからもずっと続きます」という恋の告白である。彼女へはもう少し詳しく解説したと思うが、実はそのとき私は別なことを考えていた。昔の若者たちは、自分の恋心を伝えるのに古典の恋歌を使ったということをである。そういえば私は立派なオトコヤモメ、少しの可能性がないではない、と自分勝手に妄想することにした。

 そのうえ彼女のメールには「いいお歌があれば教えてください」という意味のことも書かれていたのでこれはチャンスだと、「好きな歌や詩を思い出しては送ります」と書いて送った。すぐ彼女から「楽しみにしています」と、返信メールが届いた。妄想が誇大妄想へと成長したのは言うまでもない。
その夜から愛唱歌を思い出しては送り始めたのだが、むかしの若者に倣って人麻呂 の「あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜を一人かも寝ん」でも送ろうかと思ったのだが、これではこちらの妄想がばれてしまうと要らぬ心配をし、先ずは百人一首から適当なものを選んで送ることにした。

 その夜からパソコンの前に座るのが楽しみになった。毎回彼女から返事が来ることはなかったのだが、届いたメールには彼女の感想が必ず書かれていたので私を喜ばせた。万葉や古今新古今の古歌から現代にいたる詩歌を思いつくままに選んで、古いものには正確な現代語訳を解説書で確認しながら送り続けた。
彼女が嫁ぐまでの半年間の約束で、ほぼ二日おきに発信したのでかなりの量になったにちがいない。いつか愛唱歌を集めたいと思っていたので、発信した記録はそのまま私の愛唱歌集の一部にもなるだろうと思うと、煩わしい作業ではなかった。この交信は、忘れていた多くの歌を思い出させたし、愛唱歌であるはずの歌も再読すると記憶違いが沢山あって、自分にも結構役立つ楽しいものになった。

 たまに拙句を送ったが、中でも気に入ってくれたのは表題の句である。この句は但馬の山にあったセカンドハウスで夏の終わりにつくったものだが、彼女もその環境を知っていたので共感してくれたのだと思う。地方出身の娘らしくカメムシを気味悪がらずに、これからはメルトモではなくカメトモにしようなどと冗談をよこした。それ以来、メールの末尾には必ずカメトモよりと記して遊んだものだ 。

  あっという間の半年で、彼女はお嫁に行ってしまい、私の妄想から始まったメルトモMさんとの交信はその日で終わった。話はそれだけなのだが、その夜からのパソコン前の手持ち無沙汰は格別で、恋人をなくした男のように虚しい気分が数日続いたものだ。万葉の恋歌「夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ」のような気分がこちらにはあったのだから仕方ない話なのだが。

  その彼女から先日メールが届いた。関東に引っ越したのは知っていたが「大阪へ行くので出てきませんか」というお茶の誘いである。あの日の落胆を思えば飛んで行きたいところだが、残念ながらその日は習い始めたピンポンの練習日である。本来ならそんなものはほって置いて行きたいはずなのに妙に億劫で気分がのらない。とりあえず所用があって行けないと伝えた。
 そうこうしている内に私のパソコンはウイルスにやられて過去の記録はすべて飛んでしまった。貴重なカメトモMさんとの交信記録が一瞬にして消えてしまったのである。私の気分とパソコンが同調したのは偶然だろうが、Mさんとはもう会えない予感がしてちょっと寂しい気持ちになった。気分が乗らなかったのは、今年還暦を迎えた年のせいかなと考えるとなお更寂しくなったものだ。

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