| 句会の楽しみ
君の香をほのかに残し夏衣 |
| 句づくりの指南書によると、色っぽい表現は避けたほうがよいと書かれている。そんな句を指して「久米仙俳句」と名づけた人もいるが、その意図がわからないではない。なぜなら、私の知る限り名句には色恋の表現がまったく見当たらないからだ。それと、禁欲求道の権化のような芭蕉先生が近代俳句の原点らしいから、「久米仙俳句はダメ」ということになったのだろうと一応は納得している。しかし俳句をやるなら枯れなければと言われるとちょっと寂しい気もいたしますが、ま、色恋は短歌がご趣味の方にきっぱりとお任せいたしましょう。
指南書のご指摘どおり、ひとを思う、恋する、愛するなどを連想させる俳句は、恋歌恋歌の「上の句」になってしまうことは確かのように思います。この句も、百人一首和泉式部の「下の句」を拝借すれば、「きみの香をほのかにのこし夏衣いまひとたびのあうこともがな」となってしまいます。 ためしに自作の十句ほどに「今ひとたび……」を繋げると、短歌らしきものが結構な数できてしまいました。これはいかん。しかし今後は秀句をみわける秘密兵器としてこれは使えるかもと負け惜しみながら、承知の上で私が通う俳句クラブにこの句を投じてみました。メンバーの一人からクレームがついたのは言うまでもございません。 季まちがいや季重なり、文語と話し言葉の混在などを指摘しあい、自分の感想や意見を述べ合うのは素人句会の楽しみの一つであります。俳句とは季節感を背景にした言葉遊びだとも言われますが、始めてみるとほんとうにそうだと思います。 そんな場で、せっかくひねってきた自分の句が話題に上らないのは残念だから、みな自作の句についての質問や異議を待っております。私も覚悟の上でどなたかからの異義を期待していたら、「ちょっとなまめいていますねー」という予想どおりの意見が出てまいりました。 もちろん私は準備してきた屁理屈で対抗いたしました。百人一首の歌「君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手にゆきはふりつつ」をあげて反論したのです。あの歌の送り先は男性だったと記憶しています。この句の作者が女性の場合は久米仙俳句になるかもしれないが、作者はオトコの私です。「君」を女性だと特定しないでほしいと。 しかし彼は、もしこの句の「君」が男性なら、詩として成り立たないのではと切り返してきたのです。なるほどさすが、と思いはしましたが、男友達の帰っていった朝の句だってありうるでしょう、男どうしの叙情だってあるはずだとやり返しました。そのあと屁理屈を何度も重ねて応戦したのですが、どうも彼は、同性間の心情の機微を認めたくないらしいのです。 もう少し論戦を楽しみたかったのですが、彼の異義については十分理解していたし、自分の句ばかりに時間を費やすのはエチケットに反するので、私はこう結びました。それでは誤解のないように、「君の香やいつまで残る夏衣」と改めます。これが皆さんに大うけして、この言葉遊びは落着いたしました。 |